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過去の院長メッセージ集 NO-6

NO-6 NO-5 NO-4 NO-3 NO-2 NO-1 (左が新しいメッセージです)

2017月10月1日

10月(神無月)に入り、だいぶ秋の風と空を感じるようになりました。10月といったら、食欲の秋や体育の秋といわれます。我々世代は10月10日と言えば東京オリンピックの開会式でした。第一回東京オリンピックは1964年に開催されました。

近代オリンピックになって夏季オリンピックは第32回目です。第31回はローマ大会、第33回はメキシコオリンピックです。久しぶりの夏季オリンピックが東京で開催されます。2020年の東京オリンピック、パラリンピックの開催は私の意見は反対です。

オリンピック、パラリンピックはとても素晴しい人類の祭典ですが、2020年の開催は東日本大震災や熊本地震等の復興優先を考えると2028年頃でも良かったと思います。昨今オリンピック、大会の開催希望国の辞退があいついでいます。これは大会の開催経費が莫大にかかり開催国の経済はひっぱくさせてしまうからです。

私は以前より、古代オリンピックの発祥地はギリシャアテネでクーベルタン男爵が再興した近代オリンピックはフランスのパリです。IOCの考えは全世界の大都市を4年に一辺巡回して、スポーツを通じて世界中の人類の平和を構築したかったと思います。しかし、残念ながら今はオリンピック、パラリンピックは完全に金儲けになってしまいました。

これは以前アメリカロスアンゼルス大会の大会運営者のユベロス氏がオリンピックで考えられない程のお金をかせいだのです。これは世界にテレビ、ラジオ等で放映される放映権料の獲得です。これは今や考えられないような金額になって全部で何百億の収入、いや何千億円となっています。これでは世界の発展途上国の開催は不可能となりました。

ですから、2024年はロスアンゼルス(アメリカ)、2028年はパリ(フランス)と決定しています。大きな資金力のある大国の大きな都市にしか出来なくなっています。そこで私の考えは4年に1回の開催地を不変化することです。

古代オリンピック発祥の地でも良いし、近代オリンピックの発祥の地でも良いと思います。地勢国的に考えれば、4年に1回パリでオリンピック、パラリンピックをすれば、ムダな会場はじめ競技場の建設等が極端に減少し、世界中の参加国が多くなるのではないでしょうか!

そして最貧国には、IOCから援助金が拠出することが肝要で最貧国のアスリート達の参加も可能とすることです。これが本来のオリンピック、パラリンピック憲章ではないでしょうか!さあ、皆様は今回2020年東京オリンピック、パラリンピック大会をどうお考えでしょうか。

時は秋、運動不足な多くの人達は少し毎日運動をすることを始めてはどうでしょうか、水泳、ダンス、早歩き、各スポーツ、ラジオ体操等、からだを少しでも動かしましょう!

平成29年10月 院長 坂本貴史


2017月9月1日

9月(葉月)となりました。毎日9月に入り猛暑が続いております。私もついに体調を崩してしまいました。読者の皆様はいかがお過ごしのことでしょうか。地球温暖化がすさまじい勢いで進んでいることが身を持ってわかるきょうこのごろです。

さて、話は変わりますが、9月9日は、昔は重陽の節句大人の雛祭り(ひなまつり)ということでしょうか。重陽の節句の起源は他の節句同様中国にさかのぼることができます。菊のエッセンスをふくんだ水を飲むと健康で長寿になれると言われています。そのような重陽の節句における菊の薬効と伝説は海を渡って日本の平安貴族にもたらされ季節の行事の中へと定着したと言われています。

平安の都人もきっと、盃に菊の花びらを浮かべて月の光の中、お酒をくみかわしたのでしょう。何とロマンティックな宴でしょうか!!

目を外に向ければ、そんな優雅なお話をしている最中にもおとなりの北朝鮮からミサイルが日本付近に飛んでくる脅威にさらられています。古代より中国を経由で朝鮮から多くの文化を学んだ日本の隣国が敵対関係にあることは、誠に残念でなりません。あまり力を発揮できないでいる国連や大国が仲介に入り何とか、東アジアの平和安定を実現してほしいものです。

又、日本もアメリカ一辺倒ではなく独自の平和外交を何とかやってほしいものです。10月は明るいニュースでいっぱいになることを期待して、以前の日本の外務省も戦後生まれのせいか、日本の外交能力が著しく低下していることが大いに心配です。優秀で英語が流暢に話せる人が少ないのではないでしょうか。

日本は世界に誇るべき日本国憲法をもっている平和国家です。立憲主義、民主主義、主権在民を世界の多くの国が日本を尊敬しています。これをかてに、日本の平和外交を進めてほしいものです。そして核兵器廃絶に世界の先頭に立って働き、汗をかくべきだと思います。では、この辺で、又、10月にお会い致しましょう。

平成29年9月1日 院長 坂本貴史


2017月8月1日

8月(葉月)となりました。北九州や秋田県等、多くの県で甚大な爪跡を残した豪雨、山崩れ、土石流の被害の全容がまだ判明していない状態です。被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。

私の学生時代は、今ごろが「梅雨10日」と言って「梅雨が明けたら10日間は絶対、山は雨が降らない」というジンクスがあり、我々の山のクラブも梅雨明けにあわせて登山の計画をたてます。山の麓はものすごく暑いですが、山を登って3000m級の山頂は少し風が吹けば、ヤッケがないと寒くて風邪を引いてしまいます。とにかく全国で気候が安定してほしいですね。

では、又9月にお会いしましょう!


2017月7月1日

7月(文月)となりましたが、九州を襲った豪雨で甚大な被害、犠牲者を出してしまいました。死者や不明者がこんなに出るとは最初は思いませんでした。被災者にお見舞いし、亡くなられた方々に哀悼の意を捧げます。さて梅雨の時期、体調を崩しやすいので読書の皆様には充分おからだに気を付けて下さい。私は7月に入り体調を崩してしまいました。

さて、7月といえば七夕祭りですね、ここ平塚では七夕には豪華な竹飾りが色どり、毎年すごい人でごったがえします。しかし、私の子供の頃と比較すると竹飾りもずいぶんさびしくなりました。これも時代の流れでしょうか!!

七夕の伝説と由来について少しお話しましょう。七夕の星祭りの天界に繰り広げられる物語は中国に古くから伝わっている伝説です。昔、天の帝に織女という一人の美しい娘がおりました。技芸にすぐれ、毎日、機(はた)を織って暮らしていました。そのうち、農耕に一生懸命な牽牛(けんぎゅう)と結婚し、二人は夫婦になりました。

ところが、それからというもの織女はあれ程熱心だった機織りをやめてしまったのです。父の天帝は怒って牽牛を織女から引き離し、銀河のかなたに追放してしまったのです。しかし、悲しみにくれる織女を見かねた帝は、年に一度、7月7日だけ逢うことをゆるしたのです。以来、牽牛は7月7日が来ると銀河をわたって織女に逢いに来ました。

その日が雨のため水が増して銀河を渡れない時は鵲(かささぎ)が群れ集まって翼を広げ橋となって渡してくれました。織女は「ベガ」、牽牛は鷲座の「アルタイル」という星で、この二つの星が年に一度7月7日の夜に近づくことから、この七夕伝説が生まれたということですね。何とロマンティックな伝説ですね。

私の大学時代の広島県に住んでいる親友は自分の家に天文台を製作し、すばらしい大きな望遠鏡で天体観測を毎日やっています。学生時代から天文学は好きでしたが、今では趣味の域を超えて新しい星を見つけ、その星に名前がついているそうです。

都会の夜はきれいな星が見えなくなってしまいましたが、しかし、星がなくなったわけではありません。人生で一番悲しい死を迎え星となった人々も空に輝いでます。ただそれを我々がこの眼で確認できないだけです。

夏休みを使って長野県の野辺山の天文台や星がきれいにみえる山々に登ってみてはいかがでしょうか。大切だった方々と再会できるかも知れません。では又8月にお会いしましょう。

平成7月7日 院長 坂本貴史


2017月6月1日

6月(水無月)となりました。早いものでもう一年の半分の月になります。そろそろ関東地方にも梅雨の頃となります。なぜか梅雨の時期は紫色がにあいます。花も紫陽花をはじめあやめや杜若が似合いますし、梅雨がないとされる北海道もラベンダーの畑が見事です。又、ライラックもありますね。

杜若は湿地に群生し5月から6月にかけて紫色の花をつけますが、内花被片が細かく直立し、外花被片(前面に垂れ下がった花から)の中央部に白ないし、淡黄色の斑紋があることが特徴です。愛知県の県花でもあり三河国八橋(現在の知立市八橋)が「伊勢物語」で在原業平が杜若の歌を詠った場所ということである。

在原業平の詠んだ歌とは
から衣
きつつなれにし
つましあれだ
はるばる来ぬる
たびをしぞ思ふ

江戸時代の前半にはすでに多くの品種が成立しており、古典園芸植物の一つでもあるが、江戸時代後半にはハナショウブが非常に発展し、杜若はあまり注目されなくなった経緯があるらしい。

読者の皆様も梅雨時は雨をいやがって旅行もひかえるかも知れませんが、京都の平安神宮をはじめ、あやめ、杜若の美しい庭園に足をはこんでみてはどうでしょうか!

6月はむし歯予防の日、6月4日がありますが、皆さんの歯はいかがですか?

平成29年6月1日 院長 坂本貴史


2017月5月1日

5月(皐月)となりました。日本では、一年のなかで一番さわやかな季節ですね。桜の花も散りつつじが満開です。木々の若葉が目にあざやかに入ってきます。昔より5月を「目に若葉、山ほととぎす初鰹」と表現してきました。

さて、5月5日は端午の節句ですね。昔はどの家でもこいのぼりをあげて男の子を祝ったものです。こいのぼり(鯉幟)とは、元来、日本の風習で、江戸時代に武家で始まったようです。端午の節句である旧暦の5月5日までの梅雨の時期の雨の日に、男児の出世と健康を願って家庭の庭先で飾られた紙、布、不織布などに鯉の絵柄を描き、風をはらませてなびかせる吹流しを鯉の形に摸したものです。皐幟(さつきのぼり)、鯉の吹き流しとも言うそうです。

現在は新暦5月5日まで飾られ、夏の季語としても用いられています。飾られる季節も変わり、イメージは「晩春の晴天の青空にたなびくもの」となりました。但し、地方によってはひと月遅れで6月5日まで飾られる地方もあるそうです。ちなみに静岡県の西部地区もその一例だそうです。私も四人兄弟ではじめての男の児だったので、我家の庭にも毎年鯉のぼりを飾ってあったことを憶えています。現在はマンションやビルが多くなり、日本の街に鯉のぼりがほとんど見なくなりました。ちょっと寂しい気がします。

5月は山菜の季節でもあります。山菜の女王「たらの芽」や「うど」や「ぜんまい」、「蕗」、等などてんぷらやおひたしにして人々は楽しんできました。最近は天然の「たらの芽」が少なくなり、農家が「たらの芽」を栽培しているようです。さて先述したように5月はさわやかな季節なので青葉の美しいところへ散策に行かれると楽しいと思います。私も京都の青葉の季節が大好きです。京都といえば、桜の春、紅葉の秋が好まれますが、私はだんぜん青葉の今頃の京都が大好きです。さあ、読者の皆様もそろそろコートをぬいで、初夏の旅に出たらいかがでしょうか!!きっと新しい発見がどこかにあると思います。

平成29年5月1日 院長 坂本貴史


2017月4月1日

4月(卯月)となりました。全国あちこちで桜の開花の知らせがとどきますが、開花してから花冷えなのか、今はまだ千鳥渕も2分咲き程度ということです。今年は桜を長く楽しめる年となりそうです。

4月は新しい出会いの季節です。保育園、幼稚園の入学式、小学校、中学校、高校の入学式、そして専門学校、大学や大学院の入学式、会社の入社式と新しい出会いが全国あちこちでみられる季節です。期待、そして希望、又不安も持つ若者も多いことと思います。

さて、当院へ通院中の患者様のことを少しお話したいと思います。私は患者様とお話しする時間を40年間大切にしてきました。これは亡き父の意志をついだような気がしています。その中でわかったことは、とにかく当医院通院の患者様はボランティア活動にたずさわっていることが多いことです。

これは本当にビックリするほど多いと思います。例えば、ステンドグラスの制作の教室を地域で講師している方、弓道を通じて青少年の健全な育成にご努力なさっている方、水彩画をグループに教えている方、特別養護老人ホームへ利用者さんのお洗濯をしている方、小学生の通学の見守りを毎朝している方と、挙げれば枚挙に暇がありません。

ご婦人達のコーラスのピアノ演奏をなさっている方、マンドリンクラブをつくって施設へ慰問に行っている方等、とても素晴しい社会活動をしていると思います。何だか、当方も誇り高い気がしてきてしまいます。私も以前は知的障害者のためのチャリティークラッシックコンサートを当方の待合室でやっていましたが、今は中断してしまっています。

又、再開したいものだと思っています。このせちがない世の中でも、多くの心ある方が社会的弱者のためにご努力なさっていることを心より尊敬し、私もそのことを深く心に刻んでおります。この何だか暗い社会を少しでも明るい社会にすることが未来の日本をつくる若者への最大の贈り物となることでしょう。

まだまだ寒い朝があると思いますが、楽しい、すがすがしい新年度にしたいものです。

平成29年4月1日 院長 坂本貴史


2017月3月1日

3月(弥生)となりました。長かった冬も終わり陽の光りにも春の訪れを感じるきょうこの頃です。この時期は、昔の人は「三寒四温」と言ったり、「暑さ寒さも彼岸まで」と言って表現しましたが、まさにそのとおりですね。

関東では伊豆や松田の河津桜が咲くと春の訪れを感じますが、関西では奈良の東大寺の二月堂のお水取りの儀式が終わると関西にも春が来ます。

さて、3月11日は日本人にとって忘れられない日です。6年前の3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災は未曽有の被害を出し、6800人以上の方々が亡くなり、30万人あまりの人がきびしい避難生活を送りました。いまだに復興はまだ手がついたばかりで、6年も経過したとは信じられません。

復旧、復興の最中に東京オリンピック等、開催して良いのでしょうか?私には疑問です。復興の速度もにぶるし、資材も高騰する原因となります。福島の東京電力第一原子力発電所の崩壊により、6年たってもいまだ放射能のコントロールができておらず、福島の原子力発電所付近の海の魚や野菜は、まだ放射能汚染で口にすることができません。

全世界の人々が英知を集めて放射線が出す、原子炉の廃炉を安全に行わなければなりません。それにつぎこむお金で東京オリンピックを開催する等もっての外です。こういう考え方を持っている日本人も少なからずいます。

倉本聰さんも瀬戸内寂聴さんも、ドナルドキーンさんも、2020年のオリンピックには反対しています。被害にあわれた東北の方々の本当の胸のうちはどうなのでしょうか!!6年目の3月11日には、もう一度、これからの日本の進む道を考える一日にしたいものです。では、4月にお会いしましょう。

平成29年3月1日 院長 坂本貴史


2017月2月1日

2月(如月)となりました、日本では本格的な寒い季節ですね。
さて、2月の神事と言ったら節分が有名ですね。節分といえば「鬼は外、福は内」と言いながら豆まきを連想しますが、近年、恵方巻きを取り入れる方が増えているようです。

2017年の恵方は北北西やや北のようです。恵方巻きの太巻きをひとりにつき1本準備し、縁が切れたり、福が途切れたりしないよう、包丁で切ってはいけません。七福神にあやかり7種類の具が入った太巻きが望ましいとされています。

巻き寿司を鬼の金棒に見立て、それを退治する説もあります。恵方とは、その年の福徳を司る歳徳神のいる方向で、その方向に向かって事を行えば何事も吉とされています。2017年今年の恵方は北北西やや北だそうです。

願いごとをしながら、黙々と最後まで食べるのが流儀です。しゃべると運が逃げてしまうので、食べ終わるまで口をきいてはいけません。さらに目を閉じて食べる、笑いながら食べるという説もあります。

日本の北北西にある国と言ったら北朝鮮です。どうか2017年中に拉致問題が解決され、拉致被害者が日本に帰還できるように願わずしてはいられません。北朝鮮の政治の心が春風にのって解け、拉致問題が解決すると良いのですが、

2月はインフルエンザの季節です。皆様、どうぞおからだには充分ご留意下さい。

平成29年2月1日 院長 坂本貴史


2017月1月1日

あけましておめでとうございます。読者の皆様にはすこやかに新年をお迎えのことと存じます。その一方で、東日本大震災より6年近く経過しながら未だ避難所で新年を迎えられたり、熊本、鳥取と数多くの方々の新年はとても苦しく大変な日々をお過ごしのことと思います。

どうか、皆様が一日でも早くお元気なお顔でお正月をお迎えになる日を心よりお祈り申し上げております。

昨年の大事件といえば、国内では熊本の大震災や各地の豪雨の被害がありました。良いことといえば大隅博士が「オートファジー」の研究でノーベル賞を授与されたことです。国外に目を転じますと、やはり、イギリスのEU離脱やアメリカの次期大統領にトランプ氏が選出されたことでしょう。

最近、東日本大震災やその原因による東京電力福島第一原子力発電所の崩壊等を想定外と呼びましたが、現在のこの世では想定外という言葉をもう使えません。

昔、想定外であっても今は想定内です。その代表はアメリカ合衆国の次期大統領にトランプ氏が選出されたことは申し上げましたが、良識の砦であったアメリカ合衆国も何かくるっている感じがします。

今まさに世界は世紀末の様相を呈しています。何か世界各国がポピュリズムに陥り、保護主義、利己主義に走っているように見えます。世界各国で極右政党が台頭し、庶民一人一人を大切にするリベラリストが少なくなっていると思います。

これは我国でも同様です。日中戦争や太平洋戦争の発生した雰囲気を感じていると、高齢となった戦争経験者の方々の口から多く聞かれるようになりました。先日他界した母も同じ事を言って日本の将来を心配しておりました。

どうかこの一年が世界にとって、日本にとって平和で、そして民主的な国でありつづけることを祈るばかりの正月です。

平成29年1月1日 院長 坂本貴史


2016月12月1日

12月(師走)となりました。「あっという間に」一年が過ぎ去っていく感じがします。今年を振り返ると、「この一年は世界的に激動の世の中が来る予兆を感じる」一年でした。地球上では、地球温暖化の急速な進行で自然災害が起こっています。大豪雨、大干ばつ、大型台風、そして地震と世界中で起こりました。

また各国でテロや内戦がひどくなり、とても恐ろしい世の中になってきました。今年おどろいた出来事では、アメリカ合衆国の次期大統領にトランプ氏が当選したことです。これは世界中のマスメディアも予想だにしていませんでしたし、日本人の多くもヒラリー氏が勝利すると予想していました。

やはり、アメリカでも貧困の格差が大きくなっている結果であると言えます。世界各国のリーダーがポピュリズムに陥り、保護主義、国家主義に舵をきったように思えます。これは世界各国の庶民に対しては大変危険なことです。

さて、暗い話はこのへんにして、来年に向けて我々はどのような明るい出来事にあうか考えてみましょう。この暗い一年の邪気を払い明るい希望を持つことも大切なことです。今年は全国の寺院で大きな鐘をうつ、除夜の鐘を聞くツアーを考えたらいかがでしょうか、一年間の梵悩をたち切り、108回、つまり、「四苦八苦」を取り払うということで、4×9+8×9=108の邪気をうち払いませんか!毎年、NHKの「ゆく年、くる年」のテレビ中継で放送している全国の有名寺院の中に京都の「知恩院」の108の鐘を聞き入ったことがあります。とても心にしみた想いでがあります。

読者の皆様!来年こそ良い年になりますように、お近くの寺院の除夜の鐘を聞きに行かれたらどうでしょうか!!また新しい年、2017年正月にお会いしましょう、皆様にとって来年は幸多き年でありますようにお祈りいたしまして、今年最後の挨拶と致します。

平成28年12月1日 院長 坂本貴史


2016月11月1日

11月(霜月)となりました。季節の移り変わりに体が追いつかない読者の方も多いのではと心配です。どうぞ、体調にくれぐれもご留意下さい。いよいよ関東地方南部でも紅葉のはじまりです。昔より、和歌に詠まれる歌は、何と春より秋の方が圧倒的に多いのです。小倉百人一首もその一例とも言えるでしょう。

年々地球の温暖化の加速で、地震や豪雨、大型台風等々、自然災害が全国的に広がってしまった今年です。やはり、熊本地震、鳥取地震は2011年の3月11日の東日本大震災の余震が関係あるのでしょうか?いつか我々の地域にも必ず大地震は来ると思います。心構えを読者の皆様おこたりなく!!

さて、暗い話ばかりでしたが、話を変えて11月3日の文化の日は、毎年、文化勲章の授与式で永らく文化に貢献なさった方々に天皇から贈られます。もちろん、ノーベル賞受賞者は必ずその年の文化勲章が与えられます。今年は医学生理学賞をオートファジーでタンパク質の再形成をする遺伝子を発見した、大隅博士がその文化勲章を授与されました。

何とノーベル文学賞は村上春樹さんではなく、フォークシンガーソングライターのボブ・ディランが受賞しました。授賞式に出席しないことも充分予測されます。

ノーベル賞を授賞したのにその反応が、身勝手、無礼と思う方々も数多くいますが、ボブ・ディランらしいと思う人々もまた多いのです。少し私の大好きなボブ・ディランを振り返ってみましょう。ボブ・ディランはアメリカのミュージシャン、出生名はロバート・アレン・ジマーマンですが、後に自ら法律上の本名もボブ・ディランに改名しています。

「風に吹かれて」「時代は変わる」「ミスタータンブリンマン」など私が大好きな詞や曲が青春の心に強く響きました。彼はベトナム戦争に抗議をし、反戦フォークの歌姫のジョーン・バエズと世界の平和を愛する学生達や市民達の心をつかみました。何とも言えぬ、彼の詩と曲、シンガーソングライターという言葉が初めて使われるようになったのもこの人からです。

しばしば、ボブ・ディランは「世代の代弁者」と崇められ、ライオネルリッチは、「時事的な歌に運命を開いた人」とボブ・ディランを尊敬しています。アメリカの名門中の名門であるプリンストン大学やイギリスのセントアンドリュース大学より名誉博士号をボブ・ディランに授与されました。

彼の歌詞はまさに詩であり、運命の言葉ですし、曲も心にしみるものばかりです。よくノーベル賞をボブ・ディランに授与することをノーベル委員会は決めましたが、彼は授与式には姿をたぶん現さないような予感がします。彼は世間からの評価等どうでもいいのです。自分の魂を詩にし、歌うことだけで自分の存在があります。さあ、皆様はボブ・ディランの行動をどう思われるでしょうか。私はボブ・ディランらしいと思いました。

12月の初めに結果がでます。注目してみましょう。では又、12月号にお会い致しましょう。

平成28年11月1日 院長 坂本貴史


2016月10月1日

10月(神無月)となりました。暑かった夏も終わり、いよいよ秋の到来です。10月を神無月というのは毎年申し上げているとおり、全国の神社の宮司さんが出雲大社に集まり、今、結婚しようとしている男と女が夫婦となっていいかの協議をしているので、全国の神社に宮司が不在なので神無月といわれると昔から言われています。

出雲大社は古代より杵築大社(きずきたいしゃ)と呼ばれていましたが、1871年(明治4年)に出雲大社と改称したそうです。出雲大社では他の神社と違い二拝四拍手一拝の作法で拝礼をするそうです。

明治維新に伴う近代社格制度下において、唯一「大社」を名乗る神社であったそうです。世間では出雲大社が若い女性達のパワースポットになっているらしく、素敵な男性との出会いをお願いするそうです。また、「鉄女」と言って鉄道好きの女性が女友達と寝台特急「サンライズ出雲」に乗車して出雲大社にお詣りするのが、今のトレンドとなっているそうです。

私も何度か出雲大社へお詣りに行きましたが、静寂の中に凜として立つ出雲大社はとても素敵だと思います。秋の旅行シーズンでもありますので、読者の皆様も山陰の旅にお出かけになったらいかがでしょうか!!

では、又、11月(霜月)にお会いしましょう。

平成28年10月1日
院長 坂本貴史


2016月9月1日

9月(長月)となりました、今年はなかなか台風が発生しないと言っていましたが、とんでもない大型の強い台風が次々と日本に上陸しそうです。

さて、9月は、その昔、よく和歌に唄われている秋の到来の季節です。9月9日は「九」という陽の数が重なることから重陽(ちょうよう)と言います。昔、中国では奇数を陽の数とし、陽の極めである9が重なる9月9日は大変めでたい日とされ、菊の香りを移した菊酒を飲んだりして、邪気を払い長寿を願うという風習がありました。

日本には中国から平安時代の初めに伝わり、宮中では菊を観る宴(観菊の宴が催されました)9月9日は菊の節句とも言われています。収穫の時期にもあたるため庶民の間では、「栗の節句」としてお祝いをしていました。今も九州の太宰府天満宮の秋思祭(しゅうしさい)など、各地で菊を愛でる祭りや行事が催されています。9月9日の夜は酒の盃に菊の花びらを浮かべて酒を楽しんだそうです。

さて、話は変わりますが、今、さかんにテレビやラジオ、新聞等のマスコミで「歯周病の恐ろしさ」の話題がよく登場します。「歯周病は万病のもと」とも言われます。当医院でも7月に平塚共済病院の患者様の入院日数の短縮に少しでもお手伝いできるように入院患者様の口腔ケアーを本格的に始めました。

今までは、入院患者様の歯の治療の往診に重きを置いておりましたが、これからはそれとともに患者様の入院中、退院後の口腔ケアーを行うことにより、より一層、早く健康を取り戻せるように活動を行っています。読者の皆様も少しでも歯周病と全身の病気の関連を知って頂き、健康な毎日を過ごせるように微力ながら当医院も努力する所在です。

では又、10月にお会い致しましょう。

平成28年9月1日 院長 坂本貴史


2016月8月1日

8月(葉月)となりました。7月下旬は割と早朝等、肌寒い時季がありましたが、やはり、猛暑が全国的にきてしまいました。私の子供時代には30℃にもなれば大騒ぎだったのに、今は37℃38℃等といわれ、地球の温暖化が加速しています。今のうちに何とかせねば大変なことになります。

ところで夏といえば、暑いところに観光地の代表格である京都があります。京都の夏を告げるお祭りとしてあまりにも有名な祇園祭がありますね。私も2回祇園祭を見に行きましたが、とにかく暑くて、暑くてクタクタになってしまいました。気温と人、人、人、その熱気に温度は40℃はいっていると思います。

さてさて、祇園祭について少しお話したいと思います。祇園祭は貞観年中(859年877年)京の都に疫病が流行した時、勅を奉じて神泉苑に66本の鉾を立てて、祇園の神を迎えて祭り、洛中の男児が祇園社の神輿を神泉苑に送って厄災の除去を祈ったのに由来し、平安時代の中ごろからはその規模も大きくなり、空車、田楽、猿楽等も加わって盛んな賑わいとなったそうです。

室町時代となると、町々の特色ある山鉾のあったことが、「祇園社記」に記されています。応仁の乱(1467年)で都は廃墟に帰し、祇園祭も中断しましたが、明応9年(1500年)には復活、その時より山鉾巡行順位を決める式が侍所で行われたそうです。

以前、町衆の努力により、山鉾の装飾にも贅を尽くすようになり、近世には、度々の火災で多数の山鉾が消失しましたが、その都度、町衆の心意気によって再興し、今日に至っています。何と言っても7月14〜16日前にあたる宵山で各山鉾町にて山鉾を飾り、祇園囃子「ちんちきちん」とその音が聞こえてくると、京都の人の心は今もおどるということです。

7月17日は祇園祭のハイライトである山鉾巡行で「長刀鉾」を先頭に鉾は九基、山は十四基が各町を出発し祇園囃子も賑やかに京都の中心街を巡行します。これは八坂神社の祭りです。この世の中の乱れを、この祇園祭で厄払いをして、一日も早く、平和で穏やかに暮らせる日が来ることを願わずにはいられません。

では又、9月(長月)にお会いしましょう。

平成8月1日 院長 坂本貴史


2016月7月1日

7月(文月)となりました。早いもので一年も半分を過ぎ、このように時が過ぎて歳を重ねて行くのは、何だか淋しいような、むなしいような気さえします。

私の子供の頃は、家の前の国鉄には蒸気機関車が走り、道路は舗装などなく雨が少しでも降れば、水溜りができて、我々子供達の良い遊び場となっていました。母の実家から冬にはみかんが送られて、夏には桃がたくさん送られてきました。そのみかん箱をトロッコにして近所の仲間たちとよく遊んだものです。

物はなくても、不便でも、一日がゆっくりと過ぎていき、夕方になると、仲間と遊んでいる公園に母が「早く帰りなさい」「もう夕食の時間よ」と呼びに来る毎日が日常でした。

現在は、物があふれ、必要ないものも氾濫して、情報が多過ぎて人間の頭にはるかに超えた情報が入り、人間は混乱の中生活していることを私を含めて理解しないで毎日を過ごしています。

せっかく、日本には、インド、中国を経て仏教文化が根付き、又、キリスト教やイスラム教を受け入れる寛容さを持っているのに、いつしか、すべて仏事や神事がイベント化され、文化という名に値しない風潮が日本中に蔓延しているように思います。

もうすぐ、人間は文明というものに翻弄され、人間自身を破滅させる道を進んでいる現実を知ることになるでしょう。それが今、大問題となっている大英帝国の直面する危機、これは、金融という世界の枠組みを作った国が自ら、その秩序を失いかねない状況となっていることです。

それがEU(欧州連合)からの英国の脱退(離脱)です。ヨーロッパは近代から第2次世界大戦まで何度も戦争をし、何千万という人々が無残にも命を落とす悲劇を繰り返しました。

その反省で1950年代にいわゆる石炭連合がフランス、ドイツ等で創設され1973年には今のEUの前身であるECが生まれ、英国も正式にその一員となり、それが発展しベルリンの壁が倒壊し、東西冷戦が終結したことを契機に現在のEUが28ヶ国という多数のヨーロッパの国々で連合を作りました。夢のヨーロッパのはずでした。

ヨーロッパの中で国の都合でノルウェーとスイスはこのEUには入っていませんし、ユーローも通貨として使用していません。そしてEUの主要メンバー英国は未だにポンドを通貨として守り続けています。しかし、世界の大国がポピュリズム(大衆迎合型)に陥り、国というものが崩壊する予兆があちこち、世界中の国で起きています。要は、資本主義の終焉なのです。世界は新しい金融システムを構築することが急務と言えるでしょう!!

さあ、日本の若者たちよ!!高い理想を持ち、今の格差社会をどう考え、格差をなくしていくかが君達の肩にかかっています。どうか7月10日の参議院議員選挙に必ず行って投票して下さい。自分自身の思想や考えで!!この閉塞した沈没寸前の日本をどう立て直すか、若者達の力に期待せざるを得ません。

では、又、8月(葉月)にお会いしましょう。

平成28年7月1日 院長 坂本貴史


2016月6月1日

6月(水無月)となりました。例年になくもう夏と思わせる毎日が続いておりますが、読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。

さて、世界7ヶ国の首脳が一同に会するサミットを終わり、いよいよ、国内政治は夏の参議院選挙となりますね。政治の内部は今も昔も権力闘争に変わりはないようです。話はさかのぼり、平安時代中期の宮廷の権力闘争の一コマをお話しましょう。

平安時代は、政治の権力は天皇が持っているのではなく摂政関白の職についているものが、その権力を握っていました。当時は、藤原氏が絶大な力を握り、藤原兼家の長男である藤原道隆が摂政関白についていました。

その頃の天皇は一条天皇ですが、天皇には政治的な力は全くなく、今と同じように象徴的存在でした。藤原道隆は自分の娘である定子を一条天皇の后とすることを望み、結果、定子は一条天皇の后となり、その女房には、ある「枕草子」を執筆した清少納言が勤めました。

定子は清少納言を心の底から信頼し、清少納言も定子に誠心誠意使えました。通常、天皇と后の結婚は政略結婚が常識でありました。しかし、一条天皇という方は定子を心の底から愛し、定子も一条天皇に深い愛情を傾けていました。

しかし、ここで悲劇が起こります。定子の父である藤原の藤原道隆がこの世を去ってしまいます。ここで、宮廷内の権力闘争が激烈になり藤原道隆の弟が道隆の息子「伊周」を押しのけて摂政関白につきました。

それが兼家の四男の藤原道長という人物でした。彼は関白につくやいなや一条天皇と后であった定子を無理やり別れさせ、自分の娘である彰子を一条天皇の后としたのでした。定子は傷心し、清少納言も悲しい運命をたどることになります。

しかし、一条天皇は「愛深き天皇」と言われるように彰子と離婚し、定子と再婚するという当時としてはあり得ないことをしました。それ程、定子を愛していたのです。しかし、その愛に満ちた生活も永く続かず、定子は若くしてこの世を去ってしまいます。

一条天皇と同様、女房役であった清少納言の悲しさは大変なものであったと言われています。定子亡き後、清少納言は京都の御寺、泉涌寺に移り、名作「枕草子」を書き上げます。枕草子はあまりにも有名な古典文学ですので多くの読者の方々は一度は読まれたことと思います。

枕草子は宮廷の生活をウィットに富んだ文章で楽しく、それで淡々と描かれています。宮廷生活の裏側のドロドロした生活を全く書かず、自由閲達にな宮廷生活を描いたのも注目すべき内容です。これに反して、彰子の女房役を勤めた「源氏物語」の作者で皆様ご存知の紫式部は宮廷の男女の関係を「光源氏」を中心に妖艶に描きました。

この定子の女房役の清少納言と彰子の女房役の紫式部の女性同士の関係も、又、作品も興味深く、日本の古典文学の奥の深さを感じます。

ずいぶん話がそれましたが、政治の権力闘争は止めて、世界平和をどう実現するか、国内をどう穏やかに生活できるかを国会議員は真執に考えるべきです。では又、7月にお会いしましょう。

平成28年6月1日 院長 坂本貴史


2016月5月1日

5月(皐月)となりました。日本では一番さわやかな季節と思う方も多い頃です。最近は、日本のすばらしい春夏秋冬という季節があまり感じられなくなってきました。これも地球温暖化が原因なのでしょう。困ったものです。

早く地球上の70億人、いや地球上で生きている生物のためにも、人間が犯した最大の罪である地球温暖化を少しでも止めなくてはなりません。

さて、今、日本政府は観光立国を目指していますが、あまりに片づける問題が多くて世界の人々を迎える体制ができていません。宿泊、トイレ、インフラ、案内所、等々、多くの問題を少しでも解決せねば、観光立国など目指しても世界の人々を失望させるだけに終わりますし、我々日本に住む人々も迷惑を被ることになります。

観光立国日本を目指すなら、まず我々日本人の心構えから変えていかなければなりません。

さて、観光で訪れる外国の人々の人気ナンバーワンはやはり京都です。京都といえば、春は梅、桜、秋は紅葉の時期にどっと観光客が訪れ、街や神社仏閣は満員電車の様な状態です。という私も京都は大好きで、どのくらい訪れたか数えられないくらいです。

私は、京都は五月が一番良いと思います。確かに春の京都、秋の京都、そして厳寒の冬の京都もとても素敵ですが、私は新緑がとても素敵な5月が好きです。

いつの日か、青春時代のことですが、新緑の京都を訪れた時、雨模様の空が、突然晴れ、新緑から木洩れ日が差してきた、大徳寺、高桐院の感動を今でも忘れることが出来ません。よく「京都の素敵なお寺はどこですか?」と患者さんに質問されますが、私はなるべく静かな環境の寺院を紹介することにしています。

たとえば、泉涌寺や曼殊院、正伝寺、仁和寺、等持院、蓮華寺、小倉山二尊院、常寂光寺、東福寺、随心院等です。雁ヶ峰の光悦寺も良いですね。確か、京都市内には約1700もの神社、仏閣があるそうです。

もちろん、すべてを訪れることは出来ませんが、自分のお気に入りの場所、神社仏閣を春夏秋冬に訪れるのも、とても素敵なことだと思います。ある寺院の高僧の言葉ですが、仏教とは「風」であると説いていました。

もちろん、海や川や雨は大きな石、小さな石を角から丸へと変形させていきます。しかし、風でも僅か、僅かであるが石を丸くするということ、それが仏教の教えであるといわれていました。

「人間は僅かな風を感じながら生きている。仏を信じ、少しの風が永く吹いていれば、人間は角が取れ、心が丸く穏やかになる」という主旨だったと思います。誠に意味深い言葉だと、青春時代に知ったこの言葉を今も憶えています。

読者の皆様も歩みを少し緩やかにし、心穏やかに京都を五月に訪れてみてはいかがでしょうか。では、また、六月にお会いしましょう。

平成28年5月1日 院長 坂本貴史


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