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江戸時代の有名な入歯師達

a)義歯製作の名人といわれた良斎

江戸中期には、江戸には有名な入歯師が多くいた。口中医ともいわれている小野玄人(日本橋・兄、麹町・弟)長井兵助(蔵前)、松井源水(浅草)、関口永蔵(小伝馬長)、兼康裕見(芝)などである。

幕末期には、市井に開業していた口中医も義歯をつくるようになった。口中医の竹沢国三郎や渡邊皐斎(法印)、その子の良斎は義歯の名人といわれた。

ことに良斎は、西洋歯科学も修得し、明治二十三年、西洋式陶歯を製造し専売特許を受け、さらに翌年蟻孔を有する陶歯を発明し特許を得ている。

良斎の子渡邊悌は東京歯科医専卒業後、シカゴ大学歯学部に学び、D・D・Sの称号を得、後に東京歯科大学の教授となった。

b)日本で初めて空を飛んだ清水次郎長御用達の入歯師

備前岡山の表具師浮田幸吉は、自作の翼をつけて空を飛んで、キリシタン・バテレンの術を使って人を騒がせたということで岡山を追放された。彼は日本で初めて空を飛んだ人である。

備前の時計師竜考斎の紹介で、駿河(静岡)の時計師のもとで修業したが、生来の器用者で、備前屋備考斎と名乗り、入歯師として現在の静岡市元江川町付近に開業した。

その頃、近所に田中貞兵衛という資産家がおり、道楽半分で薬草を集めて医者の真似ごとをしていた。

この二人が手を組んで「歯医者」でもやろうと、治療は貞兵衛、入歯は幸吉が担当ということで共同経営となり、静岡市の人々はつい最近まで(昭和の初期まで)歯科の治療に行くことを「備考斎」へ行くというほどで結構繁盛していたという。

小沢史氏(静岡在住)の調査では清水の次郎長も子分どもをつれて入歯を入れに来たという。幸吉は嘉永四(1851)年、六十八歳でこの世を去り、静岡市大工町福宗寺に葬られた。

彼を主人公にして新田次郎氏が「鳥人記」という小説を書いている。

歯科の歴史おもしろ読本 長谷川正康 著

 

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