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資生堂、ライオンの出現

また、明治二十三年には理学博士長井長義の分析証明証付の「福原衛生歯磨石鹸」(煉歯磨)が福原商店(現資生堂)から売り出され、これは本邦最初の練歯磨で、海軍、特に軍艦用として採用された。

明治二十二年に日本で初めて建造した軍艦「回陽」にちなんで「回陽散」という名の歯磨が売り出されている。

また、明治二十四年には小林冨次郎が柳原に石鹸、マッチの取次店を開き、明治二十九年にライオン歯磨の名で歯磨を製造販売し、これが当たって歯磨粉といえばライオンといわれるほどになった。

現ライオン株式会社である。なぜ売れたかは、当時商品に動物の名をつけることが流行、ライオンは呼びやすく、また百獣の王であったからという。

しかし、定価三銭の歯磨袋の裏に慈善券一厘(十分の一銭)がついていたことによるのではないかと思われる。

この頃、歯科医療器具を輸入していた有名な瑞穂(みずほ)屋商店(清水卯三郎)から「理化學を應用し、砂土石を用いず、酸類を避け、齒牙を健全美麗に保ち、口腔の黴菌(ばいきん)を馳除し、能く齒科馨術に適す。

然も其馥郁(ふくいく)たるを以て紳士令嬢の資に供すべし」という宣伝文句で「瑞穂散」が販売されている。

この他、クラブ歯磨(中山太陽堂)、ダイヤモンド歯磨など三十種類以上に及んだ。

明治四十四年頃、西洋処方歯磨の価格は小袋で一銭五厘、大袋で五銭位が平均で、ライオン歯磨は小袋三銭、天袋が十銭位、福原資生堂の練歯磨が二十五銭位であった。

当時のライオン小林商店の月額売上高は二千円位であったというから十銭の大袋に換算して二万袋である。

参考:歯科の歴史おもしろ読本

 

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