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近代歯科医学の黎明期に

日本の歯科医療は、古来より、中国や朝鮮から伝来した漢方医学の一分野として長い伝統をもっていた。

一四世紀ごろには口腔疾患を専門とする口歯科が誕生し、江戸期には口中科として確立されていた。しかし明治維新後の文明開化とともに洋方歯科医術が台頭(たいとう)し、漢方歯科医学の影響は衰退した。

現在の歯科医学は、口中科や入れ歯師などの流れをくむものではなく、幕末から明治初期に来日したウィリアム・イーストレーキや、セントジョージ・エリオットなど数名の外国人歯科医師、また、海外に留学して歯科医学の教えを受けた先覚者たちによって移入された。

イーストレーキに師事して洋方歯科医学を学んだ最初の人は長谷川保兵衛(はせがわやすべい)(後に保(たもつ)と改名)である。

長谷川保は天保九年(一八三八)江戸に生まれ、明治元年(一八六八)七月にイーストレーキの門に入った。歳三〇のころである。

長谷川はイーストレーキが日本を去るに当たり、とくに官許を得て、師について、上海、香港を経てベルリンに渡った。

ベルリンのイーストレーキ診療所で、当時の駐ドイツ代理公使である品川弥二郎(しながわやじろう)と知り合い、品川の帰国の際に同行して、明治九年(一八七六)三月、日本に戻ってきた。

それから長谷川は本所横綱町で開業したところ、上流階級の来診が多く、しかも東京医科大学(現東京大学医学部)からも診療の依頼があった。

彼は金充填(じゅうてん)、金床義歯(きんしょうぎし)、継ぎ歯の作製に長じていた。明治二一年(一八八八)六月、長谷川保は五一歳で病没している。

参考:歯の風俗誌 長谷川 正康 著

 

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