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世界最古の義歯の姿

エジプトには、紀元前五世紀頃、歯科専門医(ヘシ・レ Hesi-Re 歯を癒す医師の司)がいたことは明白であるが、これ以前、紀元前二五〇〇年頃のものと推定される義歯らしきものがギザ(Giza)の墓場から発掘されている。

現存する世界最古の補綴物である。また、シリアの地中海に面した一帯の海岸地方に栄えたフエニキア(Phenicia)のシドン(Sidon 現サイダ市 Saida)の古墳で、一八六二年五月ゲラールド(Gallardot)が、推定紀元前四〇〇年頃の婦人のものらしい上顎前歯部の補綴物を発見した。

さらに、ギリシア文化の中心地アッチカ(Attica)から、推定紀元前三〇〇年頃と思われる金線を補助的に金の帯鐶で維持した補綴物が出土し、また、これと同じような補綴物がテアノ(Teano)からも発掘されている。

これらに類した補綴物は、イタリアのアペニン山脈にまたがるエトルリア(Etruria)のトスカナ(Toscana)地方のエトルリア人によってもつくられていた。

タルクイナの最古の墓から発掘された欠損三歯の牡牛の歯を利用してつくった義歯や、エトルリア人の墓から発掘された二枚の金のバンドを使い歯をはさみ込んで両端を錙着(ろうちゃく)したものが出土している。

このように、現在の架工義歯様の補綴物は、かなり古い時代からつくられていた。欠損部を隣在歯や近接歯牙に固定する技術は、ヒポクラテスによっても紹介されているし、ローマの詩人マルチアル(Martial 紀元四〇〜一〇一年)の短歌の中にも象牙と獣骨でつくった義歯のことが記載されている。

また、アラビアの外科医アブルカシスは、歯牙の欠損による空隙に牡牛の骨でつくった人工歯を両隣在歯に結紮(けつさつ)する義歯を発表している。

さらに、フランスのショリアクも歯牙欠損部に対して補綴物をつくったことを報告している。このように、東方諸国、ヨーロッパでは古い時代から欠損歯牙に対する補綴が行われていた。

紀元前から高度の文明が開け、高度な文化をもっていたインドでは、義歯に類するものが発見されていないし、また、これについての記録も見あたらない。

わが国の医学のルーツである中国の義歯については、江戸時代の佐藤成裕の随筆「中陵漫録」に宗時代(九六〇〜一二七九年)の詩人、陸游の「歳晩幽興詩」の中に自注して「近聞するに医で堕歯(だし)(落ちた歯)を補うを以て業となすものあり」(原文漢文)とあるところから、宗、明の時代(九六〇〜一四〇〇年)には、義歯に類するものがあったようであるが、北京第一医学院の周大成氏は、それを証明する義歯の出現がないので何ともいえないといっている。

それでは、韓国はどうであろう。韓国では、十二世紀の半ばから十三世紀(高麗末期〜李朝初期:中国の宗、明時代)頃、歯科補綴術の入れ歯のことを「種歯(しゆし)」といい、入れ歯することを
「歯種(ししゆ)」といった。

これは、前述の陸游の詩に「染鬚種歯笑人凝」とあり、年代も言葉も一致するところから、義歯が中国から伝わったことが推定される。

しかし、韓国においても考古学的方面の出土品として義歯が発見されていない。中国、韓国においては、儒教的生活様式、儒教的思想により入歯をすることが忌避すべきこと、極めて卑しいことで、入れ歯などは下級階級出身者がするものとして認識されていたためであると思う。

もし、高貴な人々も入れ歯をしていたならば、これらの人々の古墳、墓場から出土しても不思議はないはずである。

参考:歯科の歴史おもしろ読本 長谷川 正康 著

 

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