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歯磨きのはじめ

粋な江戸っ子の歯磨き

江戸中期以後には、江戸っ子と称する連中は誰も彼もが歯磨きを好んで使った。歯磨きを使うか使わないかで江戸っ子かどうかわかる、とまでされた。

ちょっとした悪態にも、「口がくさいぞ、黙っていろ」と言うくらいである。

当時の川柳に、

○食い潰(つぶ)す奴に限って歯を磨き
○親の脛(すね)かじる息子の歯の白さ

など、道楽息子の悪口にうたわれるほど普及していた。江戸風俗研究家の三田村鳶漁翁(みたむらえんぎょ)もこう述べている。

「江戸っ子が歯磨きを使うということも、潔癖(けっぺき)を現すものであるかも知れません」

「歯は真っ白でないといけない。これは江戸の者の特に好むところでありました」それでは、わが国においては、いつ頃から歯を磨く習慣があったのであろうか。

日本人は古代から歯磨き好き?

文献上からすれば、日本で最初に歯を磨くことが書かれているのは、永観二年(九八四)に丹波康頼(たんばやすより)が編集した『醫心方(いしんぼう)』であろう。

この書物は、中国隋(ずい)時代の巣元方(そうげんぽう)の『諸病源候論(しょびょうげんこうろん)』を中心に、隋(ずい)、唐(とう)時代の医書二百冊、医師百余家の論を加えて完成したわが国で現存している最古の医書で、国宝に指定されている。

ところで、考古学的調査の報告によると、古墳時代の人骨の歯牙(しが)、とくに臼歯部の頬の側に磨耗がみられるものがあるという。

これは、第一話にあるような故意に加工した(削歯(さくし)、断歯(だんし)など)ものではなく、おそらくは楊枝(ようじ)と歯磨粉を使用して、歯を磨き口腔を清掃したことによるものと推定されている。

この頭蓋骨は岡山県西軽部村の石棺から発見された二例で、この場合は、第一話でのべた中国の例にあるような口に含む球形の小石は存在しない。

右のことは考古学的に、奈良時代(七〇八〜七八一)以前から楊枝と歯磨粉が使用されていたことを物語るものと思われる。

そしておそらく、粒の祖いそまつな歯磨粉を乱暴に使っていたに相違ない。これについて清野謙次氏は、「身体を清潔にする美風が古く日本人に存在していた証拠である」と言っている。

このような側面磨耗症(そくめんまもうしょう)は、わが国では古墳時代に至って初めて現れたものらしいが、日本人の祖先が清潔を好むという点では、禊(みそぎ)硯の一部として口漱(くちすすぎ)をして神事にあずかるのは、より古い時代から行われていたであろう。そのことは、疑う余地もない。

始まりは塩を用いて指で磨く

わが国の口腔衛生(こうくうえいせい)思想は、インドに起源し、後に仏教とともに中国、朝鮮半島を経て、東洋思想の医学とともにもたらされた。

前述の『醫心方(いしんぼう)』の第五巻、耳目口歯の項に、口腔衛生法についてのべているのがわが国最初の文献ではなかろうか。

「治齲歯(むしかめは)痛方」(むしかめはのいたきを治する方法)の項目には次のように書いてある。

「朝夕歯を琢(みが)けば齲(う)にならない」「食事をしたときは数回含漱(うがい)をすれば齲(う)にならない」

「鶏が嗚く時(早朝の意)常に歯を叩(う)つこと三六回、永くこれを行えば歯は齲歯(うし)にならない。しかも歯を固くする」

「朝起き、すぐに口中を漱(そそぎ)ぎ、唾(つばき)を口に満たし、これを呑み、歯を瑳(みが)くこと二七回すれば、若者のような顔色になり、虫(歯質を食う虫・歯虫(むしば)・蠱(こ)という)を去らしめ、歯を固くする」

「歯を固くする」というのは、歯周病によって歯が動揺するのを予防する意てあろう。

「歯を叩(たた)くとあるのは、房楊枝(ふさようじ)(子)が用いられていたことを暗示させる。

普通の習慣としては、指頭で歯を磨いていたようて、この指で歯を磨く方法を磨く方法を中国では、「楷歯(かいし)といっていた。指先で歯を擦り磨く方法は、歯を磨く最も自然な方法てあり、大変古くから行われていたようである。

中国の唐の時代(六一八〜九○七)の敦煌(とんこう)壁画(甘粛省(かんしくしょう))に、指で歯を磨いている人物像が描かれている。

唐(とう)の時代には、房楊枝(ふさようじ)で歯を磨くことも行われ、歯磨き粉として塩が用いられ、ときとしては、数種類のくするを混(ま)ぜて使用したこともあったという。

「千金翼方(せんきんよくほう)遜思遜(そんしばく)選に「毎朝ひとにぎりの塩で、口中に温水を含み楷指(かいし)し、歯を百遍叩(ひゃっぺんたた)く」とよいと書いてある。

これらの文献からして、当時の中国で自然な「楷指」の方法と、歯磨剤として塩が使われていたことは明白である。なお、ヨーロッパや中国では、塩といえば岩塩が主であったが、わが国では岩塩は産出しない。

『神代記』には、伊井諾(いざなぎのみこと)の項に「海水をいり、塩を造る」とあるように、海にかこまれたわが国の塩は海水から得ていた。この塩の語源はうしお(潮)からである。

また、わが国の製塩は、古歌にあるように、「藻塩垂(もしおたる)る」とか「藻塩焼(もしおや)く」方法でつくっていた。

歯科の歴史おもしろ読本
著者 長谷川 正康

 

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