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義歯の材料

a 動物や人間の歯を使った初期の義歯

原始的義歯に類するものはエジプト人、エトルリア人、ローマ人によって開発され、多くの文献によって示されているが、早期の義歯はアブルカシス、アンブロ・パアレーによって技術開発が進められ、さらに、ピエール・フォシャールによって局部義歯、総義歯など一部有床義歯、また、継続歯などの基本的な技術が示されてきた。

一七四六年にはモートン(Mouton)が金冠について、また、ボールデが金の義歯床について発表している。

この時代、義歯の材料として動物の骨、象牙、カバの牙、セイウチの牙、さらに人間の死体の歯や自分の抜けた歯などが用いられていた。

これらを義歯床として用いた場合、有機物質なので口腔内で齲蝕になったり、化学変化を起こして不快な口臭を発するようになった。

特にカバの牙が義歯床材料としてもっとも適したものとして多く使用され続けられたため、一八六一年の概算では年間少なくとも一一〇〇頭のカバが殺されたという(ホフマンーアクストヘルムによる)。

また、人間の審美的自然歯を得るために戦場から戦死した人の歯を拾い集めたという悲劇的な話もあった。

b 陶製義歯のはじまり

一七〇〇年代後半、ドシヤートー(Duchateau)が自分が入れている骨製の義歯が次第に腐敗して悪臭を放つのに腹を立て、一七七四年パリの陶工ゲエルハルト(Guerhard)に陶製の有床義歯をつくらせた。

これが陶製の義歯の初めである。そして、陶製の人工義歯が工業的に生産されだしたのは十九世紀初頭のことである。

フィラデルフィアの宝石細工師ストックトン(Sto;ckton, Samuel W)が一八二五年に初めて陶製人工歯を大量生産した。その量は年間五〇万個であったという。

ストックトンの甥であるホワイト(White,S.S.)は、一八四三年歯科医を開業したが、一八四四年以後、独自に改良した陶製人工歯を製造し始めた。

彼こそ、アメリカで歯科材料界のトップに立ったS.S.White社の創始者である。

これと同じく、イギリスのアッシュ(Ash,Claudius)も最初は金細工師であったが、陶製歯焼成所を工業化し陶歯の製造に乗り出した。

Ash,Claudiusを名乗りイギリスの世界的歯科材料の企業となった。この会社は、一八三七年、有孔人工歯を売り出した。

わが国で、最初に陶歯を製造したのは、先に述べた法印渡邊皐斎(せんさい)の長子、法印渡邊良斎である。

彼は本床義歯調製の名人といわれたが、高山紀斎(現東京歯大の前身高山歯科医学院の創設者)が西洋式義歯を勧めたが、外国人のつくったものは使いたくないと自ら人工歯(陶歯)の製造を思い立った。

明治二十三年八月二十二日(一八八九)、陶歯の特許を受け、同二十四年八月一日には現在多く使用されている蟻孔を有する陶歯と洋銀鋲陶歯の製作を発表して特許を受けている。

特に、明治二十六年四月四日には歯頚部に焼暈をした陶歯を発表し特許を得ている。

歯科の歴史おもしろ読本
著者 長谷川 正康

 

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